「山の手の子」(水上瀧太郎)

美しい幻想画のように綴られていく「思い」

「山の手の子」(水上瀧太郎)
(「百年文庫061 俤」)ポプラ社

お屋敷の子の「私」は
町っ子と遊ぶことを
禁じられていた。しかし、
一人遊びに飽きた「私」は、
下町の子たちと
すぐに仲良くなる。
そして魚屋の娘のお鶴に
「私」は心を奪われる。
しばらく外出を
禁じられていた「私」が
お鶴に会うと…。

「お屋敷の子と生まれた
 悲哀(かなしみ)を、
 しみじみと知り初(そ)めたのは
 いつからであったろう。」

美しい日本語の書き出しから
魅せられてしまいました。
やはり明治の作家の編み上げる日本語は
洗練されています。
日本語だけではありません。
「私」のお鶴への思いが、
美しい幻想画のように
綴られていきます。

お鶴は「私」よりも
かなり年上なのでしょう。
出会いの場面では、
「不意に私を抱き上げて
 何も言わないで頬ずりした」

その後も
「お鶴はいつも私をその膝に抱いて
 後から頬ずり」

しているくらいですから。

お鶴は「私」を単に可愛い子どもとして
見ていただけなのかも知れませんが、
かなり親密な様子が描かれています。
「お鶴さんは
 坊ちゃんに惚れてるよ」
「そうですねえ。私の旦那様だもの。
 皆焼いてるんだよ」
「嘘だい嘘だい」
「足をばたばたやりながら擦り付ける
 頬を打とうとする、
 その手を取ってお鶴は
 チュッと音をさせて唇に吸う。」

「私」にとってはお鶴は、
単にかわいがってくれる
お姉さん、という存在だけでは
なかったはずです。
そしてそれは恋愛感情以前の、
「あこがれ」に似たもの
(それをうまく表す言葉が
見つかりませんが)だったのでしょう。

でもやはり悲しい別れが
待ち受けています。
お鶴は遠い町へ
芸者として売られていくのです。
おそらくは芸者の世界の
華やかな部分だけしか知らないまま
売られていくのであろう
お鶴の無邪気さが哀しみを誘います。

「私もいい芸者になるから
 坊ちゃんも早く偉い人になって
 遊びに来ておくれ」。
そしてその言葉に応えようとする
「私」のいじらしい姿。
「子供には買えないという
 芸者になるお鶴と
 一日も早く大人になって遊びたい」

結びもまた美しさに溢れています。
「ああ思い出の懐かしさよ。
 大人になって、偉い人になって、
 遊びに行くと誓った私は
 お屋敷の子の悲哀を抱いて
 掟られ縛められわずかに過ぎし日を
 顧みて慰むのみである。
 過ぎし日のはかなき美しき追想に
 私はお鶴に別れた夕暮、
 母の懐に縋って
 涙を流した心持をば、
 悲しくも懐かしくも
 嬉しき思い出として
 二十歳の今日もしみじみと
 味わうことが出来るのである。

水上瀧太郎は、1887年、
明治生命の創業者の
四男として生まれた、
まさに「山の手の子」です。
処女作である本作品は、
そんな水上の幼い頃の思いが結
晶化しているのかもしれません。

(2021.10.21)

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